Column

「つらさ」には、理由がある ——本来の流れを見失うときに起きること
  • 2025/06/30
  • 音・エネルギー・イーマサウンド
不安やイライラ、息苦しさ、落ち込み。

そうしたつらさに、飲み込まれそうになることがあります。

しばらくすれば戻ることもある。
けれど、それが長く続くと、

「どうしてこんなに苦しいんだろう」
「なんで私は、いつもこうなってしまうんだろう」

そんなふうに、自分を責めてしまうこともあるかもしれません。

でも、本当は
そのつらさにも理由があります。

つらさは、突然生まれるわけではない


私たちは、頭で考えるより先に、
からだで世界を感じながら生きています。

安心できるか。
気を張らなければいけないか。
ここにいて大丈夫か。

そうした感覚は、
日々の経験の中で少しずつ積み重なっていきます。

家庭の空気。
人との関わり。
言えなかった気持ち。
無理をしてやり過ごしてきたこと。

そういうものが重なると、
感情や思考だけでなく、
からだの反応そのものにも影響が残っていくことがあるのです。

整いきらなかった反応が残るとき


たとえば、

小さなことですごくイライラしてしまう。
理由がはっきりしないのになぜか不安になる。
考えなくていいことなのに頭の中で声が止まらない。
人とのことが、いつも同じところで苦しくなる。

そういう反応が続くと、
自分の性格や弱さのせいだと思ってしまいがちです。

でも実際には、
まだ整いきっていない感情や、
からだに残った緊張が大きく関係していることがあるんです。

だからそのつらさは、
あなたが悪いから感じているのではなく、
今も続いているからだの反応の名残りかもしれません。

“エネルギー”という見方でわかること


猫の穴では、こうした状態を
からだや神経だけでなく、
生命エネルギーの流れという視点からも見ていきます。

といっても、何か荒唐無稽な話をしたいわけではありません。

本来、呼吸や感情や思考は、
ある程度自然に流れていくものです。

けれど、緊張が長く続いたり、
感じきれなかった感情が重なったりすると、
その流れというのが少しずつ滞ることがあります。

すると、

呼吸が浅い
体が重い
気持ちが晴れない
頭が休まらない
いつも同じところで苦しくなる

といった形で表に現れてくる事例を何人もみてきました。

そう考えると、
つらさは単なる「気の持ちよう」ではなく、
流れが滞っているサイン
とも言えるのかもしれません。

まず必要なのは、自分を責めないこと

ネガティブな感情そのものが悪いわけではありません。

イライラも、不安も、落ち込みも、
そこにまだ何か整いきっていないものがある、
というサインと捉えることもできます。

だから、
無理に前向きになろうとしなくてもいいのだと思います。

まずは、

今、自分に何が起きているのか。
何に反応しているのか。
それは“今だけのこと”なのか、
もっと前から続いている反応なのか。

そういうふうに、その感情から少し距離をとって見てみること。
ネガティブな感情に飲み込まれたままじゃなく、少し視点を上に上げて見てみる。
自分を上からもう一人の自分が見ている感じ。

それだけでも、
流れが変わりはじめることがあります。


本来の自分は、つらさの奥にある


不調や悩みが続くと、
それが自分そのもののように感じられてしまうことがあります。

でも、本来の自分は、
つらさそのものではありません。

ただ、長いあいだ積み重なった緊張や反応が、
その人らしさの上に覆いかぶさっていることがあります。

だから必要なのは、
無理に何か別の自分になろうとすることではなく、
少しずつ、重なっていたものをほどいていくことです。

呼吸が少し深くなる。
体のこわばりがゆるむ。
感情に飲まれにくくなる。
頭の中が少し静かになる。

そうした変化の中で、
もともとそこにあった自分の感覚が戻ってくることがあります。

音による調律という入り口


からだ道場猫の穴では、
音やエネルギーの調律を通して、
こうした“整いきらなかった反応”をキャッチして整えるセラピーがあります。

言葉で理解するより先に、
体が少しゆるむ。
張っていたものが静まる。
本来の流れを思い出しはじめる。

その入り口として、
音が役立つことがあります。

音による調律については、こちらの
イーマ・サウンドセラピーのページでも詳しく書いています。

編集者プロフィール
からだ道場【猫の穴】代表の
稲田 泰弘(いなだ やすひろ)です。

病院では「異常なし」と言われたけれど、
体や心のつらさが続いている。
その状態を、私は軽く扱いません。

からだ道場猫の穴では、
あなたの感覚を尊重します。
その上で、体と心の反応を一緒に確かめていきます。

このコラムは、
日々の現場や対話の中で感じてきたことを
ひとつの視点として綴っています。

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