Column

見ないようにした感情は、どこへ行くのか ―「感情ミュート社会」と、心の奥にある感情を探る
  • 2026/09/21
  • こころと感情
腹が立っても、笑って流していたり。

本当は嫌なのに、「大丈夫です」と答えていたり。

悲しいことがあっても、いつまでも引きずってはいけないんだと無理に蓋をしていたり。

これ、仕事だけではありません。
家庭でも、友人との関係でも、SNSの中でもです。

私たちはいつの間にか、自分の感情をあまり表に出さずに過ごすことに慣れてしまったのかもしれません。

最近、こうした状態を「感情ミュート」と表現する、現代の社会現象の特徴として言われ始めています。

まるでzoom会議でマイクの音をずっとミュートのままにするように、自分の感情を消音して生きるようなことです。

もちろん、感情をそのまま相手にぶつければいいって言うわけではありません。
社会の中で生きていれば、感情を抑える必要がある場面も当然あります。

ただ、それが当たり前になりすぎると、自分がいったい何を感じているのかさえ、わからなくなってしまう。
これはちょっとマズい状態なのです。


人は、見たくない感情にフタをする


そもそも私たちは、すべての感情を素直に感じているわけではありません。

怒り、悲しみ、怖さ、寂しさ、悔しさ、などなど。

自分にとってつらすぎる感情や、感じることを許されなかった感情には、無意識にフタをすることが、普通によくあります。

子どもの頃、泣いたら泣くなと叱られた。

怒ったら嫌われると思った。

家族を困らせないために、ほんとの気持ちを我慢した。

つらくても弱音を吐けずに頑張るしかなかった。

そう、そのときの自分にとって、
感情を感じないようにすることは、
自分を守るために必要だったこと。

だから、感情にフタをすること自体が悪いわけではないのです。

見ないようにした感情は、どこへ行くのか


けれど、ここのところが大切なのですが、
見ないようにしたからといって、その感情までなくなったわけではありません。

自分でも気づかないところに残った感情が、いま現在の出来事に対して反応することは高い確率で起こっています。

なぜか同じような人間関係で苦しくなる。

誰かのちょっとした一言に、必要以上に傷つく。

頭では「気にしなくていい」とわかっているのに、どうしても気持ちが切り替わらない。

同じような葛藤を何度も繰り返してしまう。

そして、ときにはそうした心の緊張が、身体の不調と重なって現れることもあります。

私は長年、人の身体と心に向き合うなかで、目の前に起きている問題だけを見ていても、なかなか変わらないなと思うケースを何度も経験してきました。

ところが、その人の内側に残っていた感情に触れたとき、それまでとは違う変化が始まることにも気づきました。

感情は、自分を知るための手がかり


たとえば、誰かに対する強い怒りがあったとしましょう。

「腹が立つ」という怒りの感情。

そこだけを見ると、問題は相手にあるように見えます。

けれど、感情を丁寧にたどっていくと、その奥から、

「本当はわかってほしかった」

「寂しかった」

「大切にしてほしかった」

そんな感情が出てきたりします。

さらにその感情が、ずっと昔の体験とつながっていることもあります。

だから私は、感情を単なる「気分」だとは考えていません。

感情には、自分が何に傷つき、何を怖れ、そしてほんとうは何を大切にしているのか、を知るための手がかりがあるのです。

感情と向き合うということは、過去をただほじくり返すことではありません。

自分の中で何が起きているのかを知り、これから同じ苦しさを繰り返さないために自分と向き合う作業でもあります。


一人では見つけにくい感情がある


もちろん、自分一人で内観したり、ノートに気持ちを書き綴ったり、と自分自身と対話したりすることには大きな意味があります。

というか、ぜったいにやった方がいいです。

けれど、自分一人では見つけにくい感情というのもあるんですね。

なぜなら、長いあいだ見ないようにしてきた感情ほど、自分にとって「見えないこと」が当たり前になっているからです

「私は怒っている」

そこまでは自分でもわかる。

けれど、

「その怒りの奥には何がありますか?」

と誰かに問われて初めて、言葉にならなかった悲しさに気づくことがあります。

ある方は、職場の人の何気ない言葉に強い怒りを感じていました。

心理セラピーの中でその場面を思い出してもらい、「そのとき、身体では何を感じていますか」と尋ねると、胸のあたりが苦しくなると言います。

そこに意識を向けながら感情をたどっていくと、怒りの奥から出てきたのは「悲しい」「私は大切にされていない」という感覚でした。

自分では怒りだと思っていたものの奥には、別の感情が隠れていたのです。

心理セッションでセラピストと一緒に感情を探索する価値は、ここにあります。

セラピストが答えを教えるのではありません


心理セラピーでは、クライアントさんとセラピストが対話を通し、問いかけられた質問に応えることで進めていきます。

身体の感覚にも耳を澄ませながら、自分では通り過ぎてしまうところで立ち止まり、その奥にある感情を潜在意識の中へ一緒に探しにいくのです。

そして、見つかった感情をちゃんと感じ、認め、腑に落とし、必要であれば解放していく。

セラピーとは、自分の知らなかった自分に出会っていく時間でもあります。

感情を取り戻すことは、自分を取り戻すこと


感情をミュートすることが当たり前になった時代だからこそ、自分が何を感じているのかを知ることには、大きな意味があると私は思っています。

怒りの奥には、「本当は嫌だった」という自分がいるかもしれない。

悲しみの奥には、「それほど大切だった」という自分がいるかもしれない。

寂しさの奥には、「誰かとつながりたい」という願いがあるかもしれません。

感情がわかるようになると、

「私は本当はどうしたいのか」

という自分の声も、少しずつ聞こえてきます。

心理セラピーは、感情を消すための時間ではありません。

ずっとミュートしてきた自分の声に、もう一度耳を澄ませる時間なのです。

感情を感じることは、自分を知ること。

そしてそれは、自分の人生を自分で選んでいくための、大切な入り口でもあるのです。

編集者プロフィール
からだ道場【猫の穴】代表の
稲田 やすひろ です。

東洋医学や心理学、
身体療法やエネルギーワークを探究しながら、
30年以上にわたり多くの方の心と体に向き合ってきました。

私が大切にしているのは、

「不調をなくすこと」だけではなく、

その人らしい健康と暮らしを育て、
本来の生命力が発揮されることです。

このコラムでは、
そんな視点から日々感じていることや、
健康・暮らし・生き方のヒントを綴っています。

どんな状態にも理由があります。
その声を軽く扱わず、丁寧に向き合うことを大切にしています。

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