Column

我慢した感情は、どこへ行くのでしょうか。 ― 身体が守り続けている「感じきれなかった体験」
  • 2026/07/06
  • こころと感情
異常なしと言われる身体の不調には、「トラウマ」という視点から見ることもできる、
というお話をしました。

そして、
身体は壊れてしまったのではなく、あなたを守ろうとして反応しているのかもしれない、
とお伝えしました。

では、その身体は、いったい何を守っているのでしょうか。

その答えの一つが、
「感じきることができなかった体験」です。

感情は、消えたのではなく感じきれなかった

私たちは日々の暮らしの中で、さまざまな感情を経験しています。

悲しい。

悔しい。

腹が立つ。

怖い。

寂しい。

本来、感情は感じきることで、少しずつ落ち着いていくものです。

しかし、
誰にも頼れなかったり、
その場で感情を表現できなかったりすると、
その体験は途中で止まったままになります。

例えば、
本当は悲しかったのに「泣いてはいけない」と我慢した。

理不尽なことがあったのに、「怒ってはいけない」と飲み込んだ。

怖かったのに、「大丈夫」と笑ってやり過ごした。

その時は、
それが自分を守るための最善の方法だったのでしょう。

でも、身体はその体験を覚えています。

身体が守っているのは、「感情」そのものではありません。

そのとき感じきることができなかった、あなた自身の体験なのです。


トラウマは、出来事だけで生まれるものではありません。

出来事と、その時に感じきれなかった感情が結びつくことで、
身体や心に影響を残していくのです。

だから時間が経っても、
似たような場面に出会うと急に苦しくなったり、
身体がこわばったりすることがあるのです。

感情を抑えることが、当たり前になってしまう

さらに、長い間そうした状態が続くと、
自分の感情そのものが分からなくなってしまうことがあります。

「別に何とも思っていません。」

「もう昔のことだから大丈夫です。」

そう話される方でも、
丁寧に身体の反応や感情をたどっていくと、
奥にしまい込まれていた悲しみや怒り、恐れが見つかることがあります。

それは、感情が消えてしまったのではありません。

感じないようにすることで、自分を守り続けてきた結果なのです。

トラウマを抱えた方の多くは、感情そのものを否定的に捉えています。

特に怒りや嫉妬、悔しさといった感情は、

「持ってはいけないもの」
「押さえ込まなければならないもの」

と思い込んでいることが少なくありません。

また、
「感情を出したら嫌われる」
「一度あふれたら自分では制御できなくなる」といった恐れから、

無意識のうちに感情を厳しくコントロールするようになります。

まるで、アクセルとブレーキを同時に踏み続けるような状態です。


前へ進もうとする力と、それを止めようとする力が身体の中でぶつかり続けるため、
身体は休まることができません。

その結果、
いつも気を張っていたり、肩や首に力が入りっぱなしになったり、
眠っても疲れが抜けなかったり、人に合わせすぎてしまったりします。

怒りの奥には、大切なものが隠れている

ある女性とのセラピーセッションの時のお話です。

親族のある出来事をきっかけに、
ある男性に対して強い怒りを抱えておられました。

「どうしても許せないんです。」

そう話される一方で、こんな言葉も続きました。

「でも、人を悪く思うのはいけないことですよね。」

「相手にも良いところはあるはずですし。。。」

「こんなに怒っている自分が嫌なんです。」

お話をうかがっていると、その方は昔から、

「人を傷つけてはいけない。」

という思いを、とても大切に生きてこられた方でした。

だからこそ、
自分の怒りさえも否定してしまうのです。

本当は怒っている。

でも、その怒りを感じることは良くないことだと思ってしまう。

怒る自分と、怒ってはいけない自分。

その二人が心の中で引っ張り合いを続けていました。


セラピーでは、「怒りをなくす」ことを目指したわけではありません。

まずは、
「それだけ腹が立ったんですね。」

その気持ちを、
その方自身が少しずつ認められるように寄り添っていきました。

怒りの理由をご自分の腑に落とされると、
怒りは少しずつ役目を終えていきました。

その方が本当に感じていたのは、怒りだけではありませんでした。

「大切な人が傷つけられて悲しかった。」
「どうしてそんな扱いをするのか悔しかった。」

そんな気持ちにも触れることができた時、
身体の緊張も少しずつほどけていったのです。

感情を取り戻すことは、自分を取り戻すこと

私たちは、怒りや悲しみ、悔しさを「悪い感情」だと思ってしまいがちです。

しかし、本来、感情に善悪はありません。

怒りは、「これ以上傷つきたくない」という身体からのサインです。

悲しみは、「本当に大切なものだった」という証です。

悔しさには、「本当はこうありたかった」という願いが込められています。

特に、自分や大切な人を大事に扱ってもらえなかったことへの怒りや、
理不尽なことへの憤りは、自分自身を守ろうとする健全な力でもあります。

そうした感情も含めて、私たちは「自分」という存在を形づくっています。

だからこそ、感情をなくそうとする必要はありません。

少しずつ感じられるようになること。

「こんな気持ちがあったんだね」と、自分で受け止められるようになること。

それが、身体の緊張をゆるめる第一歩になります。


身体は、
感じきれなかった体験を、
ずっと一人で抱え続けてきたのかもしれません。

だからこそ、その体験に気づき、受け止めていくことは、

身体に
「もう大丈夫だよ。」
と伝えることでもあります。


次回は、身体はどのように「安心」を学び直していくのか、そして暮らしの中でできる小さなセルフケアについてお話ししたいと思います。

編集者プロフィール
からだ道場【猫の穴】代表の
稲田 やすひろ です。

東洋医学や心理学、
身体療法やエネルギーワークを探究しながら、
30年以上にわたり多くの方の心と体に向き合ってきました。

私が大切にしているのは、

「不調をなくすこと」だけではなく、

その人らしい健康と暮らしを育て、
本来の生命力が発揮されることです。

このコラムでは、
そんな視点から日々感じていることや、
健康・暮らし・生き方のヒントを綴っています。

どんな状態にも理由があります。
その声を軽く扱わず、丁寧に向き合うことを大切にしています。

一覧に戻る