Column

「心が軽い」と感じた日 ——76歳女性に起きたイーマ・サウンドセラピーの変化
  • 2025/07/21
  • 音・エネルギー・イーマサウンド
「なんだか、体が重い」
「気持ちが晴れない」
「どこが悪いわけじゃないけれど、ずっとすっきりしない」

そんな感覚を抱えたまま、
長い時間を過ごしている方がいます。

今回は、そんな方のひとつの体験をご紹介します。

「昨日は痛みなく、ぐっすり眠れました」


春のある日、
76歳の女性が遠方から来てくださいました。

この方は、50代になる前にお腹の手術をされ、
盲腸やS状結腸を切除されたご経験がありました。

その頃から、
耳鳴りや耳の痛みが続いていたそうです。

年齢的な不安もあったと思います。
遠方から足を運ぶことにも、迷いはあったはずです。

それでも来てくださったのは、
「ここでなら何か変わるかもしれない」
という思いがあったからかもしれません。

セラピーの翌日、
こんなご報告をいただきました。

「昨日は痛みなく、ぐっすり眠れました」
「今朝はほんとに心が軽いです」

その言葉には、
体が楽になったことだけではない、
深い安堵のようなものが感じられました。

セラピーで行ったこと


このとき、手技で触れたのは
頭蓋骨の一部だけでした。

そこに加えて行ったのが、
イーマ・サウンドセラピーによる
音と光を使った調律です。

特に今回は、
“心理の音”の処方が深いところに響いたようでした。

また、頭の奥にある
蝶形骨(ちょうけいこつ)という
バランスの要となる部分が整ってきたことで、

耳の痛みがやわらぎ、
右半身まで軽くなり、
歩くときのぶれも減ったと考えられます。

「歩きがブレることなく歩けています」

そう話される声にも、
少しほっとした響きがありました。


からだが戻ろうとする力


イーマ・サウンドセラピーは、
音・光・水の情報を使って、
体とエネルギーの調律を促していく方法です。

人のからだには本来、
乱れた状態から少しずつ元へ戻ろうとする力があります。

けれど、

長年の緊張
手術の影響
言葉にしにくい疲れ
積み重なったストレス

そうしたものが重なると、
その力がうまく働きにくくなることがあります。

すると、
検査でははっきり出ない不調や、
説明しにくいしんどさとして現れることがあります。

イーマ・サウンドセラピーは、
そうした心身の深いところにある乱れに、
バランスを整えていくきっかけを与えていくセラピーです。

「心が軽い」は、ただ気分の問題ではない


セラピーのあとに
「心が軽い」と言われる方少なからずがいます。

それは、単に気分がよくなったというだけではなく、
体の緊張や、神経の張りつめた感じがやわらぐことで、
心までふっと軽くなるような変化なのだと思います。

からだとこころは、別々には動いていません。

体の深いところで何かが整い始めると、
気持ちにも変化が出てくることがあります。

逆に、
心がずっと重いときには、
体のほうにも何かしらの滞りが起きていることがあります。

そう考えると、
「心が軽い」という感覚は、
体とこころの両方が整い始めたサインとも言えるのかもしれません。

不調の根っこに触れるということ


どんな病名がついていたとしても、
あるいは、どこを調べても異常がないと言われていても。

ご本人にとっては、
「つらいものはつらい」という現実があります。

そしてそのつらさは、
筋肉や関節などの痛みだけでなく、
もっと深いところのリズムの乱れとして起きていることもあります。

イーマ・サウンドセラピーでは、
そうした説明しにくい不調に対しても、
体全体の流れ、東洋医学で言う「気」や「エネルギー」を見ながら整えていきます。

それは何か物理的な力で変えるのではなく、
本来のリズムを思い出すきっかけをつくる共振共鳴の働きです。

その結果として、
眠りが深くなったり、
痛みがやわらいだり、
気持ちが軽くなったりすることがあるのです。

体の出す音色が変わると、いのちが動き出す


不調が長く続くと、
「もうこのままかもしれない」
と感じてしまうことがあります。

けれど、
身体の音色つまり、発する周波数が変わることで、
体もこころも動き出すことがあります。

今回のクライアントさんにとっての
「ぐっすり眠れた」
「心が軽い」
という変化も、
この方の音色が整った大きな一歩だったのだと思います。

編集者プロフィール
からだ道場【猫の穴】代表の
稲田 泰弘(いなだ やすひろ)です。

病院では「異常なし」と言われたけれど、
体や心のつらさが続いている。
その状態を、私は軽く扱いません。

からだ道場猫の穴では、
あなたの感覚を尊重します。
その上で、体と心の反応を一緒に確かめていきます。

このコラムは、
日々の現場や対話の中で感じてきたことを
ひとつの視点として綴っています。

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