
コラムColumn
- 治そうとしないとき、音は届く —— イーマ・サウンドセラピーと祈るという姿勢
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- 2021/05/27
- 音とエネルギーの世界
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命に関わる病気を抱えた方が、猫の穴のセラピーを受けに来られたことがあります。
治療のためではなく、「いまを少しでも楽に過ごしたい」と願って。
ある日、40代後半の男性が来られました。深刻な病気を抱えておられ、医療的な治療はすでに十分に尽くされているとのことでした。
「1日でも長く生きたい。できれば、友人と笑って過ごす時間を持ちたい。」
その言葉は、とても静かで、どこか澄んでいました。
いま、改めて思うのです。
イーマ・サウンドセラピーというのは、病気を“治す”ためのものではないなと。
音は、からだの奥に届く
イーマ・サウンドセラピーでは、音と光を使いながら、その人の全体の状態を見ていきます。
大切にしているのは、症状そのものよりも、いま、その人の神経の状態がどれほど緊張しているかです。
どれほど「戦っている」状態にあるか。
命に関わる宣告を受けたあと、人のからだは無意識に構え続けます。
外からは落ち着いて見えても、深い部分では張りつめた状態が続いていることもあるでしょう。
そして、イーマサウンドの音に触れて、体の力が抜けはじめると、息が深く入る瞬間があります。
目の奥の硬かった緊張がほどけ、からだの重さが軽くなっていく。
それは、緊張していた神経がゆるんだ反応です。
「治してあげたい」を手放す
以前の私はどこかで、お困りの症状を「なんとかしてあげたい」と思っていました。
表面ではそう意識してないようでも、深いところでは自分がどうにかしなければ、と。
けれどそれは、相手の命を自分が背負おうとする姿勢でもありました。
いまは違います。
私ができるのは、その人の命の流れを静かに信じて、音に乗せて届けること。
そのことを、私は「祈る」と呼んでいます。
祈るとは、結果を握らないということでもあります。
その人が、その人の時間をその人らしく生きられることを静かに願う姿勢です。
調律のあとに起きること
その日の調律セッションのあと、彼はこう言いました。
「なんだか、からだが軽いですね。」
大きな変化ではありません。
けれど、その軽さは確かにありました。
後日、同行されたご友人から「帰りの道中、驚くほど元気そうだった」と連絡をいただきました。
病気が消えたわけではありません。
けれど、「いまを生きる力」が少し戻った。私には、そう感じられました。
命の行き先を、私が決めることはできません。
でも、命を生きる感覚を少し楽にできることはあるかもしれない。
イーマ・サウンドセラピーは、そんな命を支えるための音の調律です。
そして私は、これからも祈る姿勢で音を届け続けたいと思っています。
*2026年3月2日にリライト・編集
編集者プロフィール

からだ道場【猫の穴】代表の
稲田 泰弘(いなだ やすひろ)です。
東洋医学や心理学、
身体療法やエネルギーワークを探究しながら、
30年以上にわたり多くの方の心と体に向き合ってきました。
私が大切にしているのは、
「不調をなくすこと」だけではなく、
その人らしい健康と暮らしを育て、
本来の生命力が発揮されることです。
このコラムでは、
そんな視点から日々感じていることや、
健康・暮らし・生き方のヒントを綴っています。
どんな状態にも理由があります。
その声を軽く扱わず、丁寧に向き合うことを大切にしています。




